スポンサーリンク

幕末の京都 坂本龍馬や新選組の足跡

坂本龍馬って人気ですよね。

新選組もそうですが。

どういうわけか日本の幕末に惹かれる人が多いようです。よく考えてみればその時の京都はテロだらけだったと思うんですが、昔話と考えると歴史ロマンというか、ファンタジーみたいなものになるんでしょう。

真面目に生きているのにターゲットになって殺された人も多数いたでしょうし、幕府を守ろうとした勢力は後世悪者扱いされたわけですし。

そんな幕末の京都、舞台になったところをご紹介します!

[ad#ad]

京都御所

幕末の政治の中心地は江戸ではなく、御所のあった京都でした。8月18日の政変、禁門の変、王政復古の大号令など歴史の転換期の舞台となりました。

 

二条城

慶長8年(1603)、徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛時の宿泊所として建てました。徳川慶喜が二の丸御殿で大政奉還を行いました。

壬生寺

新選組の武術訓練所。近藤勇の銅像、隊士の墓などがあります。重要無形文化財として有名な壬生狂言を春と秋に上演。

寺田屋

薩摩藩士と龍馬が利用していた舟宿。この宿で龍馬は幕史の追跡をかわしました。また、薩摩藩士同士が斬り合った寺田屋騒動の舞台。

[ad#ad]

池田屋跡

元治元年(1864)、新選組は長州藩の定宿・池田屋を襲撃。新選組の名を天下に知らしめたこの地に今は「池田屋騒動之阯」の石碑があります。

近江屋跡

坂本龍馬の隠れ家。酢家から醤油商・近江屋に移った慶応3年(1867)11月、龍馬は中岡慎太郎と共に殺害されました。石碑があります。

龍馬の墓

坂本龍馬、中岡慎太郎、桂小五郎(木戸孝充)の墳墓をはじめ「池田屋事件」「禁門の変」などの殉難者の墳墓があります。三一一六柱の志士たちが眠る史跡地。(京都霊山護国神社)

月真院

慶応3年(1867)、伊東甲子太郎一派は、孝明天皇陵を警護する御陵衛士という役職を拝命し、月真院に屯所を置いて勤王活動を行いました。(現在非公開)

翠紅館跡

幕末の頃、勤王の志士の集会所となった場所。各藩士代表者の会議で攘夷実行を決定した「翠紅館会議」が有名です。(現京大和)

[ad#ad]

タイトルとURLをコピーしました