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ごたごたの由来は僧侶の兀庵普寧(ごったんふねい)だった?

ごたごた、ありますよね。

日常的に。

大抵の人は好きではないと思いますが、たまに「ごたごたが好き」という人が居て、そういう人には近寄りたくないなと思ったりします。

ところで、このごたごた由来はなんなんでしょうか?

よく考えてみると普通の日本語ではなさそうです。ということでごたごたの由来についてちょっと調べてみます。

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ごたごたの由来は僧侶の兀庵普寧(ごったんふねい)

ごたごたって、その語感がいかにもややこしい感じがするんですが。

その由来はウィキペディアによると以下の通り。

兀庵普寧(ごったんふねい、慶元3年(1197年) – 景炎元年11月24日(1276年12月30日))は、鎌倉時代中期に南宋から渡来した臨済宗の僧。諱は普寧。兀庵は字。諡号は宗覚禅師。

無準師範に師事。文応元年(1260年)、蘭渓道隆・円爾の招きにより来日し、博多の聖福寺に入った。鎌倉幕府執権北条時頼の要請により鎌倉建長寺2世となる。建長寺の本尊は地蔵菩薩であるが、兀庵は地蔵菩薩は自分より下位であるとして礼拝しなかったという。

いくら地蔵菩薩は菩薩で如来になった自分より下位だからといっても、本尊に礼拝しなかったというのですから、面倒くさい人ですよね。

禅宗の坊さんってなんかこういうひねくれたところがあって、それが面白いという場合もあれば、なんだかな~って時もあります。

多分、地蔵菩薩の仏像を拝んだからってなんになるんだ、仏はこんな仏像の中にいるわけじゃない、自分自身が仏なんだ、というような気概があってのことだったんだと思います。

でも、師匠がこんなだと弟子は大変だったんじゃないでしょうか。講話を聞いても何言ってるかわからなかったそうですし。

だいたい、こういうタイプの偉い人は「俺の話が分からないなら聞かなくてよろしい」という感じなんでしょうし、禅宗の悟った坊さんは、半端な人からすればとても近寄りがたい感じがしますから、兀庵普寧が偉い人ってのは分かるんだけどどうにもややこしくて面倒でもめるんだよな~、と言う感じだったんでしょう。

それで、ごったんが、ごたごた、になったという感じ。

波風立てて揉めてくると、ごたごたしてるな~、って事になったみたいです。

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ごたごたの由来の兀庵普寧(ごったんふねい)は5年しか日本にいなかった

それで、ごたごたの語源となった兀庵普寧は中国の宋の禅僧なわけですが、日本にはたった5年しか居なかったんだそうです。

日本に来た時は宋が元に変わる少し前だったみたいで、難民に近かったのかも知れません。えらい禅師ですから招かれたことになっていますが、自分の目には戦乱を逃れてやってきたように見えます。

そんな兀庵普寧、たった5年しか日本に居なかったにも関わらずごたごた、なんていう言葉で今でも残っているわけですから、良し悪しはともかくその影響力は相当なものだったんでしょう。

でも、こんな人が近くに居たらいやだな~都思います。いちいち面倒くさいし形式的にやっつけ仕事してたらメチャメチャ怒られるだろうし。

弟子にでもなろうものなら毎日殴られていたのではないかなと。そのごたごたな日々をクリアできた時に悟りが開けるのかもしれませんが。

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